カテゴリ:生き方考え方( 16 )

ビジコン二次審査用書類提出に想う

自由部門に応募します。

10日はビジコン二次審査用書類をメール添付で送付しました。
事業内容はかなり具体的に、弱点の克服方法まで提案したのですが、最後の投資費用の捻出方法や出来過ぎの利益額に追込みが足りず甘さが残りました。
これが今の自分の実力不足でしょう。

書類作成は家ではどうも魂が入らず…、大学の教員ラウンジで講義資料と併せて作成しました。
行き詰まったら窓際の席で外を行き交う学生の姿を眺めたり、キャンパス内を歩き生協食堂でランチしたり、で息抜きしながらもかなり集中出来ました。

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キャンパスはすっかり秋の景色。笑顔の学生と調和して和やかな風景です。

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うつ病を20年も抱えながら苦しんだ前職。
最後は人間関係に幻滅を感じて休職する事態になり、早期退職を決めました。
認知症の母が亡くなり、そして退職。
退職後は仕事に就かず、うつ病の療養と称して暫く、自由気ままな毎日を送っておりました。
退職一年後にはご縁があって、週イチながら母校の大学講師という過分な仕事を頂き、やり甲斐を感じながら精一杯の情熱を注いでいます。
気が付けばうつ病の薬を飲むのもなくなり、穏やかな毎日が続いています。
自分には母が天国から力を授けてくれているように思えてなりません。
毎朝仏壇に手を合わせ、お礼を言う毎日です。
有り難くて幸せすぎる毎日に、時々いつか天罰が下るのではととても怖くなります。

幸せな分、学生に親身に講義したり、
或いはビジコンのように人々を幸せにして地域発展に貢献する提案をしたりで世の中に恩返しして行きたいと思うのです。

今の幸せは、
文字通り地を這う長く暗い前職時代を苦労を重ねて生き抜いたご褒美と自分勝手で安直な解釈をし(笑)、マイペースキープで"恩返し"をキーワードにして歩みを進めて行きたいと思います。

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by nigi-style | 2018-11-11 06:56 | 生き方考え方 | Comments(0)

旧友を捨てる勇気

5/29 発信 東洋経済オンライン記事抜粋

人のふり見て我がふり直せ。だね。

おっさん友達の付き合いの悪しきルーチンを払拭して、新しい興味や刺激をどんどん増やして豊かな人生にして行きたいと感じます。

若い人脈を増やすには出会いや会話の機会を増やすことが肝要。開業はその機会を増やす好機でもあるでしょう。基本的にはお一人様が好きで独り遊びを志向するタイプですが、これを機にオフ会や色々なサークル、集まり等々に参加する機会を少しずつ増やして行こうと思います。

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松下幸之助氏(パナソニック創業者)のもとで23年側近として過ごした江口克彦氏。「50歳からの同調圧力に負けない人生の送り方」について書き下ろしてもらう。第1回は「旧友を捨てる勇気」について。

■同窓会に蔓延する「病気」「死」「懐古主義」

 道徳的な物言いとしては、「何歳になっても、旧友を大切にしなさい」「ふるさとの同窓会にはなるべく出席して旧交を温め、関係をつないでおきなさい」というものだろう。

しかし、私は、60歳を過ぎたころから、小学校や中学校の同窓会にはほとんど出席しなくなった。50歳代でうんざりしたこともあり、出席する気になれないのだ。

 だからこれから50代になる人たちには「50歳を過ぎたら同窓会には出ないほうがいい」とアドバイスしたい。


同窓会に行けば、たいてい病気と薬と副作用の話、そして昔話で会場が埋め尽くされる。

 「最近、手術をしたんだよ」「オレはこの前、具合が悪くて病院に行ってきた」「こういう薬を飲んでいるんだ」「その薬は副作用があるみたいだぞ」ーー。こんな会話が延々と続いている。もう勘弁してほしい、というくらいだ。


別のグループでは、「最近、墓を買ってさ」「昔は楽しかったな」「お前、彼女とつき合っていただろう?」などといった話をしている。

 
病気、死、懐古主義ーー。そういう実のない話で場を温めるのも、たまのことならご愛嬌でいいだろう。その後に、「明日はこんなことをやる。来年はこうしようと考えている」「家庭菜園をやっていてね。今年は茄子がよくできたから来年は……」などと、明るい前向きな話題がつながるのであればいいと思う。が、しかし、同窓会というところでは、そういう風に話がつながるようなことがほぼない。


まして、「昨年ノーベル物理学賞をとった人の本を読んだんだけど、科学の今後についていろいろ考えさせられたんだよ」というようなことを語ろうものなら、完全に浮いてしまうだろう。

 「2100年になると、日本の人口が5060万人になるというけど、そのとき、日本の行政区域は今のままでいいのだろうか」「あなたは憲法改正についてどのように考えている?」などという、教養に裏付けされたような話、未来の話、時事的な話は一切ない。

■「嫉妬」と「後悔」の話もつまらない

 
もう一つ、老いも若きも多いのが、「嫉妬(ジェラシー)」と「後悔」の話。とくに高齢者のジェラシーほど憐れなものなはない。そもそも人間として実にみっともない。「お前、まだ仕事をしているのか」などは、序の口。「昔から、お前は調子がいい奴だったからな」と、成功した人を皮肉ったり、有名になった友人に、意地の悪い視線を送ったりする。

あるいは、勲章をもらった仲間に、わざわざ「中学の頃は、出来が悪かったのになあ。お前が勲章か。勲章と言っても大したもんじゃあないね」などと、言わずもがなの嫌味を言ったりする様子を眺めていると、気の毒な人、負け犬の遠吠えだと憐憫さえ感じる。

そういう人たちの集まりには、若い頃の陽気さも軽やかさもなく、不快な思いだけが心のなかに沈着する。帰路は足だけでなく心も重い。

 
確かに50歳を過ぎ、60歳、70歳ともなれば、人生に大きな差が出てくる。自分の人生がどのようなものか見えてくるから、仕方がないのかもしれない。だが、嫉妬と意地悪さと皮肉が渦巻くのを見ていて、気持ちのいいはずがない。

だから50歳を過ぎたら、今までの友人との縁を徐々に整理しはじめたほうがいい。70歳になったら、「古い友人」とは出来るだけ縁を切って、「新しい友人」への切り替えを完了させたいものだ。

いつまでも古い友人と飲み会を繰り返し、クダをまき、過去を恨み、同期を妬む。おやめなさいよ。明日のない、希望のない、身の回り半径5メートル以内の話に終始すべきではない。
だいたい病気の話に終始するような旧友たちは、時代から1歩も2歩も遅れていることが多い。2025年問題も知らないし、2045年問題も知らない。ビッグデータやシンギュラリティも知らない。それでいて、毎日が退屈だとのたまう。なんとも御し難い人たちばかりだ。
 「どんなときにも過去を振り返るな」とはいわない。だが、そのような過去を振り返るような集まりの時であっても、なるべく「これからの話」をしようではないか。
私は78歳になるが、以前にも増して、若い人たちと時間を過ごすようにしている。彼らは「お金持ち」ではないが、「情報持ち」だ。会っていて面白いし、刺激的だ。若い人たちといるほうが、気持ちも前向きに明るく楽しくなってくる。

 若い友人たちは、いつも、「新しいことを始めよう」「なにかにチャレンジしよう」という前向きな話をする。自然と私も未来に対して思いを馳せるようになる。
フランスでは、老人と若者のシェアハウスがあって、老人が家賃負担をする代わりに、若者が老人の話相手をするそうだ。こういう共同生活は理想的といえるだろう。日本でも、このような老若共同のシェアハウスを、高齢者が積極的につくったらどうだろうか。そうすれば、もう少しまっとうな年寄りが増えてくるように思う。

■意図的に「友達の切り替え」をやろう

 周囲が若者に変われば、50歳以上の人たちも、新しい情報を知ろう、学ぼうという意欲、よりいっそうの「生き甲斐」も湧いてくるはずだ。新しい活動への意欲も自然に出てくる。ときには、若い人たちが自分を担いでくれたりすることもあり、何歳になっても新しい経験を積んでいける。
懐古主義の高齢者同士が一緒にいても、なにも始まらない。旧友との付き合いは本当に大切な人だけに絞って、その分だけ若者と友達になったほうがいい。その分、新しい世界が広がる。人生を、いつまでも豊かに生きられるようになる。
 「友達の切り替え」は、意図的に行わなければならない。この切り替えこそが、新しいことに興味を持ってこれからを楽しんでいくための「人生の転轍機(てんてつき)」(路線変更装置)なのである。

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by nigi-style | 2018-06-05 06:41 | 生き方考え方 | Comments(0)

サイバーエージェントの採用基準

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採用基準イコール社会で活躍するのに必要な資質、と思いながら読みました。新鮮でなるほどなと思う言葉が多く、改めて自省した次第です。                                                                                                                  ※本記事は、マネジメント誌「衆知」2018年13-1月号特集《若い力を育てる》より、一部を抜粋編集

曽山哲人(株式会社サイバーエージェント取締役人事統括)曽山哲人

「アメーバブログ(アメブロ)」「AbemaTV」をはじめ、数々の新サービスを創出し続けているインターネット関連サービス大手のサイバーエージェント。「21世紀を代表する会社を創る」という理念を掲げるこの成長企業には、入社間もない社員を抜擢し、新規事業や新会社の立ち上げを任せるなど、誰でも活躍できる環境があるという。一体、どのようにして社員の強みを発掘しているのか。人材マネジメントを担う曽山哲人氏(取締役人事総括)に、お話を伺った。

 取材・構成:坂田博史
 写真撮影:にったゆり

サイバーエージェントは例年、新卒を300人前後採用していますが、私たちの採用基準は一つだけ。「素直でいいやつ」を選んでいます。

私たちが最も大事だと考えているのは、松下幸之助さんが重視されていたように、物事を素直にあるがままに見ることができること。つまり、自分のいい点も悪い点も素直に受け止め、向き合えることです。これは一緒にチームで仕事をし、ともに成長をしていくために、絶対に必要な資質だと考えています。ただ、面接だけではわからない部分もあるので、インターンシップやグループワークをやってもらい、それらを見た上で判断します。

これ以外にも資質や能力があるほうが望ましいのはもちろんですが、あれこれといくつも基準を設けると、採用はその基準に沿った人物像にしばられてしまいます。ですから当社では、最小限の根本的なところだけを基準としており、その分、個性豊かな人材が集まるようにしているのです。

そして面接では、将来何をやりたいか、どのように考えているかを聞きます。そこで大きな夢を語ってくれる人は、やはり見どころがあると思いますね。反発されたり、批判されたりする可能性があるのに、大きな夢を堂々と語れるということは、それだけ夢に対する本気度が高いといえるからです。

私たちは、「言うことは壮大、やることは愚直」というのが、活躍する人のキーワードだと考えています。大きいことを言えば、まずそれだけ自分に気合が入りますし、応援者も増えやすくなります。もちろん、現実はそれほど甘くないので、愚直に実行する力も大切ですが、まずは夢や目標が語れるかどうかです。

夢を語ってくれる人に対しては、そのリアリティを深掘りして聞いていきます。例えば、「一億人に使われるサービスをつくりたい!」と言った学生がいたとしましょう。その学生には、次のような質問をします。

「具体的にどういうシーンで使われているイメージを持っていますか?」「それがあると、社会はどう変わるのですか?」

具体的なサービス内容まで考えられていなくても、「みんなが集まって笑顔で使っていて……」などと、漠然とでも映像イメージを描けているかどうか。私たちは「ビジュアライズ」と呼んでいますが、これができる人は、他人に対しての伝播力も強く、共感を呼びやすいので、リーダーとしても魅力があります。実現できるかどうかは、もちろん実際にやらせてみないとわかりませんが、少なくとも見込みがあることはわかります。

一方、過去の経験について聞く場合は、「何を成し遂げたか」よりも、「そこから何を学習したか」に注目します。研究であろうと、アルバイトや部活であろうと何でもいいのですが、そこから何を学び、どう成長したのかが重要です。成長は学習の積み重ねによってもたらされますので、大きな夢を語れて、学習能力があれば、将来の大きな成長が見込めると考えています。


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by nigi-style | 2018-05-25 06:50 | 生き方考え方 | Comments(0)

僕の青春の大スター 西城秀樹

外国人のスーパースターがどんなに偉大でも、やっぱり日本の大スターには敵わない。

その大スターの頂点に君臨し、青春を共に駆け抜けた西城秀樹が亡くなるなんて、哀し過ぎます。

テレビで見るたびに非日常にいざなう圧倒的な輝きと華やかさは、同性が羨望の眼差しになるほどの国民的大スターの極みでした。

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今のスターがどれだけ人気でも、当時の西城秀樹の存在感には敵わない。

以降の"スターの要素"を確立し、

多くのミュージシャンに連綿と大きな影響を与え続けて来ています。

当時、マイナーだったデビュー曲「恋する季節」のレコードを購入したんですよ。

個人的にデビュー時からスターのオーラを感じていました。

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御三家の郷や野口に比べて、ヒット曲を出すのが遅れたので、余計に入れ込みようも強かったです。

「ブルースカイブルー」や「南十字星」、「抱きしめてジルバ(ケアレスウィスパー)」にはホロ苦い恋の想い出が沢山詰まっています。

飼っていた犬にはローラと命名したほど(笑)

渋谷すばるを応援してたのは、ヒデキの面影を残していたからかも知れません。

献身的に尽くして来られた18歳歳下の奥様や溺愛してらっしゃった小さなお子様達を残して旅立つことは辛いさだめですが、きっとヒデキなら天国からも力を授け続けて守り通してくれることでしょう。

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既にそれなりの財も蓄えているであろうに…、二度の脳梗塞を克服し、涙を流すほどの辛いリハビリを毎日続けつつ、半身不随でもステージに立ってファンを大喜びさせる姿をドキュメントで見た時は正直複雑だった…。

最後までスターであり続けようと精進し続けたヒデキ。辛い時はあなたの姿を思い出し、僕も精一杯頑張ります。

小柳ルミ子のブログコメント

「若いのに歌が上手くてカッコよくてセクシーだった。人としても誠実で優しくて曇りのない真っ直ぐな男だった」

樹木希林コメント

「若い頃に華やかなところにいた人は末路が寂しいものがあるけれど、家族に囲まれて人生を終われた。秀樹くんの人柄によるのかな」

天国ではゆっくり穏やかにお過ごし下さい。

ご冥福をお祈りします。

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以下はそんな西城秀樹の逸話の数々。
5/17 "週刊女性プライム"記事抜粋


急性心不全のため、5月16日に63歳でこの世を去った、歌手の西城秀樹さん。2003年と11年に脳梗塞を発症、右半身の麻痺が残る状態ではあったが、強い意志のもとリハビリトレーニングを続けながら最近までステージに立ち続けてきた。

72年のデビューから、『激しい恋』『傷だらけのローラ』『ギャランドゥ』など数々のヒット曲を連発、郷ひろみ野口五郎と“新御三家”と呼ばれる人気スターだった

その独特のシャウト唱法は、後のJ-ROCKアーティストたちにも影響を与えた。97年には、THE HIGH-LOWSやROLLY、ダイヤモンド☆ユカイなど、西城秀樹さんに憧れて育った、有名ロックアーティストが参加したトリビュートアルバム『西城秀樹ROCKトリビュート KIDS' WANNA ROCK!』が発売された。ある音楽ライターは言う。

アイドル的な人気の一方で、シャウトやロカビリー歌手が声を裏返して歌うような唱法など、海外のロックアーティストの唱法をうまく取り入れ、歌謡曲と洋楽ロックの世界の橋渡しになるような存在でした。

79年の『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』や84 年の『抱きしめてジルバ』など、洋楽カバーのヒット曲も多く、コンサートでも様々な洋楽ロックをカバーしていました。現在のヴィジュアル系バンドの唱法も、元をたどればヒデキと通ずる部分はあると思います」

歌唱のテクニックだけにとどまらず、秀樹さんが一般的に広めた「文化」は多い。前出の音楽ライターは言う。

スタンドマイクを使ったパフォーマンスも、日本ではおそらくヒデキが最初。ワンマンでの初の野球場コンサートもそうです。今では定番の、コンサートにペンライトを導入し定着させたのも、ヒデキです

『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』では、「ザ・ベストテン」で9週連続1位、この曲は番組最高得点にして、後にどの歌手も獲得できなかった「9999点」も記録している。(※大ヒット曲ながら外国曲ということでレコード大賞を取れなかった)

人気ドラマ『寺内貫太郎一家』(TBS系)などでは俳優ととして、『カックラキン大放送!!』(日本テレビ系)や『8時だョ!全員集合』(TBS系)などではコントに挑戦、CMでは「ヒデキ、感激!!」のフレーズが印象深い「バーモントカレー」など、幅広くお茶の間の人気者だった。

「親しみ深さを持ったスターということで、当時の子どもたちの人気も高かったです」(同)

そんな気さくな秀樹さんの一面について、ある雑誌編集者がこんなエピソードを語ってくれた。

「10年以上前ですから、一度目の脳梗塞から復帰された頃だと思います」

東京・世田谷の子ども服店で編集者がショッピングをしていると、小さな子どもを連れた秀樹さんと奥さんに遭遇したという。

ご家族と一緒に、楽しそうにお子さんの洋服を選んでいたのを覚えています。その様子から、お子さんやご家族への愛を感じました

西城さんのお子さんより少し大きかったウチの子を、『おいくつですか?』とテレビと同じ優しい声と表情で聞かれました。気さくでスターぶることの全くない方だなと感じたことを覚えています」(同・編集者)

世代を超えて多くの人々に愛された西城秀樹さんの歌声を聞くことは、もうできない。

<取材・文/渋谷恭太郎>


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by nigi-style | 2018-05-19 06:21 | 生き方考え方 | Comments(0)

TOKIO山口君の事件に想う

以下朝日新聞出版「AERA dot.」のカンニング竹山さん投稿記事から一部抜粋

男だったら女性とトラブルになることはあるかもしれないけど、未成年はダメでしょ。
一番やってはいけないことをしてしまったんだから、酒うんぬんはもちろん、その背景にある考え方とか生活を改めることから始めないといけないのかなと思います。

今回の事件はマスコミでは「お酒のせいじゃない」って言われるけど、俺はお酒のせいだと思う。もちろん、己の生き方の軸がちゃんとしていないからってことがあるんだけど、そこにガソリン入れちゃって、思考回路がおかしくなるんだから。お酒のせいなんでしょ。

遅刻しちゃうとか、仕事に支障が出てきていると本当に危険信号ですよね。セルフコントロールができていないって自覚しないといけない。
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僕の場合、飲みに出たら必ず血糖値が下がるからあーら不思議🌀

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ちょいちょいちょーい!
そもそも糖尿病やのに…、アルコール飲んでたらあきませんやん🔨
飲みに出て、記憶ぶっ飛びになったらあきませんやん💢

まぁまぁまぁ。
アルコールは明日の元気の源やし。
いやなこともその日のうちに腹に押し込められる有難い薬やしぃ…。


半年くらい前に"記憶ぶっ飛び"が二回ありましてね。
当時、模範的警官が泥酔して痴漢行為を犯す事件があり、同僚一同が彼がそんな愚行を起こすなんて全く信じられないとコメントしてたのを見て、我が身も同様の状況と猛省した次第です。

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僕にはあまりに生々しかったので、以降さすがに飲み過ぎないよう心得るようになりました⚠️
量を減らすのは勿論、途中に烏龍茶挟んだり、日本酒厳禁にして軽めのハイボールやチューハイプレーンにシフトしたりしています🕹


コンプライアンスが厳しい時代になりましたねえ…。
竹山さんの発言通り、お酒は飲まれちゃダメですな。
脳のコントロールが効かず、
本人の本意でない、思いもよらない想像を絶する行動をとってしまう…。
万一犯罪を起こすことになれば、当人の人生はその時点で just end!
家族親戚はもとより勤務先の信用までも全て同時になくしてしまいます。

苦労に苦労を重ねて築き上げてきた暁の、今の幸せだもん。
両親や家族が血の滲むよう想いで一生懸命育てて支えてくれたんだもん。
師匠、友人にも随分助けられて来ましたし。
それらが一瞬にしてすべて水の泡と化する訳ですから。


達ちゃん、
仕事の利害が絡み、断れない立場の相手の心情を思いやらねば。未成年に対する意識もマヒしてる。
50を前にして理性や品格は最低限必要と思いますよ。

まずはアルコール依存症をきっちり治そう。
十分に反省して、更生を果たしたらTOKIOのメンバーも迎えてくれるさ (個人の希望を込めて)

上手なお酒の飲み方を実践しましょう。それが大人の流儀です。
と、我が身に説教するばぶさんでしたとさ。

おわりぃ


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by nigi-style | 2018-05-15 06:21 | 生き方考え方 | Comments(0)

皇太子さまに見る武士道精神

武士道からは沢山のことを学び、自分の生き方に刺激を受けました。

ただ…、
残念ながら侍の気高さ、誇り、器量の大きさについては自信が持てず、
未だ立派な器でもなく、スポイルせざるを得ないですが…、
それでも弱者に対する慈悲の心、気遣い思いやりについては意識的に実践しているつもりです。

先月21日に皇太子さまが58歳の誕生日を迎えられました。
記者会見から、国民と苦楽を共にするお気持ちが強く伝わって参りました。

「なるべく多くの国民の皆さんとお話が出来ればと思い、これらの機会を大切にして参りました」と仰っておられましたが、被災地を9回訪れておられるのはその表れでしょう。

これとは別に、側近の興味深いお話を新聞で読みました。
「皇太子さまは雨の日は濃い色のスーツを選ばれる。濡れていると周囲に気を使わせないよう配慮されている」

昨年10月の障害者スポーツ大会で訪れた愛媛県では雨の日が続いたそうです。
選手や人々が傘もささずに皇太子さまをお迎えになっておられたのでしょうね、
皇太子さまは黒や濃紺のスーツに身を包み、傘をささずに人々に声を掛けられていたとのこと。勿体無い話です。
国民と同じ目線でお話をしたいという温かいお気遣いがよく表れたエピソードです。

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勿論、
国民、世界の人たちに愛され尊敬されて来た両陛下の、行事に真摯に取り組まれるお姿に深い感慨と敬意と念を覚え、なさりようを心に刻んでおられるからこそとも思います。
自然体でそんな慈悲に溢れた心遣いが出来るのは尊敬であり、憧れです。

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来年から天皇に即位されますが、皇太子さまのこれからのそんななさりようを同様に自分も心に刻み、実践して行きたいと思いました。

おわりぃ

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by nigi-style | 2018-03-06 06:23 | 生き方考え方 | Comments(0)

喪中お見舞いに思う

8年前の父の葬儀に駆け付けてくれた後輩。
忙しい仕事をやりくりしてくれて参列してくれました。
それがとても嬉しかったので、彼のご両親の葬儀には是非とも何かしたいと思っておりました。

昨年末、彼のお母様が亡くなられた喪中はがきが届き、迷わず先月初めの一周忌前にお花のバスケットを送りました。

すると、予想外に
「お気持ちだけいただき、お返しします」とのメール。
お墓は三重にあり、長男の彼も中国赴任中で、お花をいただいても困るとのことでした。
お花屋さんも困惑しておられたので、
翌日、彼の近所の大阪のお花屋さんまでバスケットを引き取りに行きました。
恐らく彼の家ではお母様の一周忌法要はやらないのでしょう。

僕はやっすい男なんで、贈り物に対しては感謝の意を表してのべつまにかなしに受け取る(笑)、それが礼儀と弁えます。
それぞれの家庭には色々な文化の違いがあります。
当たり前の厚意のつもりでも通じないことがあると、学習した次第です。

お花はご先祖様には失礼ながら( 笑 )
我が家の仏壇横に飾りました。

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by nigi-style | 2018-02-21 06:09 | 生き方考え方 | Comments(0)

映画「星めぐりの町」小林稔侍初主演

高倉健を師と仰ぎ、人生の浮き沈みを知る小林稔侍の76歳にして初の主演映画。

「テーマは出会い。『人めぐり』の話だと考えている。出会いにしか夢はないんです」小林稔侍談


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新聞記事で上映を知り、すぐに劇場に足を運びました。


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最初はゆっくりとした時間の流れの中で物語が進み、駄作かと落胆したのですが、

物語が進むうちに「人に誠実であれ」と朴訥と伝える小林稔侍の演技がジワジワと染み入り、知らず識らずのうちに引き込まれていました。

そしてラストに大泣き。

後味の良い清々しい映画でした。


愛知県豊田市の山奥の民家で豆腐屋を営む、娘と二人暮らしの店主が主人公。

ある日、遠縁にあたる10歳の少年が親しい警察官に連れられてやって来ます。

聞けば東日本大地震で家族全員を失い、以降色々なところに預けられて転々とした挙句、どこにも馴染めずここに来たとのこと。

酷い人間不信に陥った反発する少年を受け止め、決して声を荒げない、そんな懐の深さを持ちながら主人公の温かさや思いやりに触れ、やがて少しずつ心を開いて行くという物語。



愛知に地震が発生した日に少年がパニックになり、家を出て行方不明になった時、主人公が行方を心配する娘に

「男には一人で悩む時があるんだ。誰の助けも借りずに自分で答えを出さなければならない時がある。彼は必ずまた帰って来るさ」と話すセリフがあるんです。

この言葉がとても響きましてね。

振り返ると、40代〜50代はこの繰り返しでした。

孤独な中で独りで葛藤し続けた時間が自分を強く、懐深くしてくれたように思います。

小林稔侍さんもまさしくそうだったのではないでしょうか。


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娘役の壇蜜や彼の大ファンの高島礼子など脇を固める役者さんもいい味をだしていました。


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高倉健を信奉する輩としては、

小林稔侍こそが高倉健亡き後の彼の魂を引き継ぐ唯一の役者だと思っています。

実直で不器用気質の大先輩に陽が当たったのは嬉しい限りです。

きっと健さんも天国で喜んでおられることでしょう。



以下は新聞記事からの小林稔侍さんの言葉。


映画主演は念願だったか

ー食べるために進んだ道、最初からそんな気持ちは持てなかった。

親に楽をさせたい気持ちもあった。


テレビドラマの主役は数多く重ねて来たが

ー積み重ねたというと格好いいが、皆さんに寄りかかった人生でした。


脚本も手がけた黒土監督に

ー僕の色々なところを知っているんですよ、監督は。ダメなところも。よほど僕に好意を持っていないと書けない作品だと思う。

感謝の気持ちとして、一言一句間違えず、セリフを言うよう心がけた。

それが、監督への敬礼かなと思った。


「大事な芝居でも、『遊んでいる感じで終わっちゃった。何だよ、通り過ぎただけだな』という時の方が、人様に評価される。持っているものを素直に提供した方がいい」


駆け出しの時から仰ぎ見てきた高倉健さん。

映画主演、高倉さんが聞いていたとしたら?

ー今回の役で言えば少年が僕で、豆腐屋のオヤジが高倉さんだった。

特別なことは言わない。褒めてやりたくても、照れ隠しで『おー稔侍、今日うまいもの食いに行こうか』。あの方の、そうした照れが好きなんです。


あくまで謙虚で実直な、小林稔侍さんらしいお人柄が滲み出る珠玉の発言ですね。


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by nigi-style | 2018-02-11 06:00 | 生き方考え方 | Comments(0)

天国の母の御加護

親って亡くなってからも天国から愛情を注いでくれるんやね。そう悟りました。

穏やかで自由気ままな毎日が続いています。
時には悩むこともありますが、いつも結果はいい方向に向かいます。

今は幸せを満喫することが天国の母の愛情に応えることだと信じて楽しむことにしています。

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一方で自分の周りの人、関わりのある人を慈しみ、そして幸せな気持ちにすることを常々意識しています。

これからは社会に積極的に参画して人との交流を深め、客観的に自分を見つめつつ、もっともっと懐深く進化して行きたいです。


人が集い、幸せ気分になれる服屋さんを開業し、ファッションやメンタルヘルスの分野でより多くの人達を幸せにすることを生業にするのが夢です。

いつも母が見守ってくれていると信じて、夢の実現を加速させたいです🍀




ほっとフォトコンテスト





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by nigi-style | 2018-02-07 06:36 | 生き方考え方 | Comments(0)

素直な心

下記は読売新聞元旦記事「100周年 家電の次へ」パナソニック津賀社長インタビューより一部抜粋

構造改革をすると、いつも「なぜもっと早く手を打たなかったのか」と思う。
工場が悪いのでなく、工場で作るものがなくなって来たから閉鎖せざるを得ない。
それが分かっているなら、なぜその工場を作るものをもっと前から仕込んでおかなかったのか。
構造改革で(赤字を)止血するのは本質ではなく、成長戦略を持ち、絶えず先手を打っていくことこそ重要だ。

創業者(松下幸之助)が発した最も大事なキーワードは、「素直な心」だと思う。
人の言うことを素直に聞き、社会で起きている変化を素直に感じる。
素直な心を持ち、合理的に動けば、きっとこの社会は停滞しない。

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ある程度歳をとって来ると、自分らしさを確立すること、自分の信念や考えに立脚することも大切と考えます。
一方で、この記事を読み終えた時、
最近は人の意見に素直に耳を貸すスタンスが、知らず知らずのうちに薄れて来てるなと自省した次第です。

「あくまで謙虚に」「素直な心」を持ち続けることは、
いくつになろうと忘れてはいけないと再認識した次第です。




第2回プラチナブロガーコンテスト



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by nigi-style | 2018-01-19 06:24 | 生き方考え方 | Comments(0)